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2010年9月17日 (金)

本来の言葉の意味と俗語的言葉の意味に注意しよう

言葉は生き物だから、時代と共に意味や使い方が変化するが、だからこそ必ずしも話をしている両者が同じ意味として使っていないケースに時々遭遇する。

意外と人間で言葉をゾンザイに使っていると言うことだな。

たとえば、

「確信犯」という用語は、もともとドイツの刑法学者から誕生した用語である。

本人は全く罪の意識はなく、むしろ正義感からある行為を行う時に、その行為が実際は社会的に見て犯罪行為のケースを言う。つまり盲目的な行為のことだ。

ところが、多くの人は「悪いと知っていて行為を行う行為者」=「確信犯」と勘違いしている。

このような用法は誤用で、意味が全く逆になってしまう。

ちなみに、正しくは「悪いと知っていて行為を行う行為者」=「故意犯」である。

また、よくある別の例は「予定調和」。

これも日常の会話の中でときどき聞く言葉だ。

こちらは、誤用と言うより本来の意味が全く知られることが無く、別の意味の用語して一般的に知られているようだ。

元々は(日本では積分で有名な)ライプニッツの「モナドロジー」の中で出てくるモナド間の関係について述べている有名な考え方だ。

独立したモナド間をつなぐのは、神(キリストやブッダなどの特定の神のことではない)であり、それは予め予定調和されているものと言う使い方をする。

ところが、日常会話の中で用いるときの「予定調和」の意味は、予めシナリオがあり、それに向かって最終的にシナリオが進んで行く様を言うようだ。

でも本当は違うのだ。「予定調和」とは、形而上学的決定論の考え方の1つなのだ。

「他力本願」も普段の使い方は、元の意味と大きく異なる。こちらは、仏教用語である。

普段、「他力本願」というと悪い意味であるが、もともとの意味は良い意味だ。

他にも色々、本当の意味を知らず、間違って使っている用語が沢山ある。

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