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2010年2月18日 (木)

エンジニア的「夜の雪と人間の遺伝子」

昨夜は渋谷で打ち合わせがあり、帰宅するころにはすっかり雪になっていた。

最寄り駅からマンションまでの道のりは、ちょっと大通りを横に入れば車の通りも少なくなり、雪がシンシンと降る静かな夜道を一人歩いていると、微かだが言い知れぬ不安を感じる。

犯罪に巻き込まれる不安とか、幽霊などへのオカルト的な不安ではない。

人間が古来からもつ遺伝子に組み込まれた感覚がそうさせのだ。

現代では夜の雪や雨の中を出歩くことはごく普通のことである。

しかし、これもここ100年くらいの間に普通になったことである。

原始時代からつい最近まで、本来昼間活動する人間や動物が、夜に出歩くことは、生命を危険にさらすリスクを犯すことになる。

雪や雨の中であれば尚更である。

人間の遺伝子に組み込まれた防衛本能が、夜の雪の中をあるくことへの不安を感じさせるようだ。

一方で、現代人が忘れているこの防衛本能を呼び起こすことは、人間にとって必要なようで、ある種の快感も伴うようだ。

書店に行くと鉄道の廃線や工場や炭鉱の廃鉱の写真集が売られていて、なかなかの人気だそうだ。

鉄道の廃線や工場の廃墟のどこに魅力を感じるのだろうか?

廃線や廃墟の写真を見ていると言い知れぬ虚無感、不安感が、人間誰にでも沸き起こるという。

かって隆盛を極めた場所が廃墟と化す事実を眼にすると、「滅び」というものの現実を直視することになる。

動物なら全てが持つ「死」「滅び」という恐怖の感覚を、鉄道の廃線や工場の廃墟の写真を通して感じるからだ。

理屈でない人間が持つ遺伝子レベルの感覚に訴えるようだ。

本来ならこの言い知れぬ不安の感覚は、決して歓迎されるべきものであるはずだが、どうやら人間には避けがたい快感もともなうようで、オカルト映画の「怖いもの見たさ」などもそのようだ。

何となくわかる気がする。

大昔から人間は何千年もの間、感性や感覚を研ぎ澄まして生活していた。

その感性や感覚を使うことは呼吸することや歩くことと同じくらい普通なことなのだ。

現代生活の中で、使わなくなった人間の感性や感覚を呼び起こすことは、人間らしい感覚を取り戻すことだ。

すっかり野生を忘れた家猫でも、ネズミを見て「何かを感じる」ようなものと同じである。

鉄道の廃線や工場の廃墟の写真集は、そのような感覚を呼び戻すため、意味も分からず廃墟の写真集に引き寄せられてしまうのだ。

人間の感性や感覚を呼び起こすことは、人間の健全な生活には必要なようである。

人間が本来持つ遺伝子レベルの感覚や感性を殺すことは、人間の精神的バランスを崩すことにもなりかねないそうで、現代社会が持つもう1つの現代病へのリスクである。

=HSCI Takanari Hashimoto(URL:http://hsc-i.com/)=

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