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2009年10月10日 (土)

旧白州次郎・正子邸「武相荘」に行ってきたの巻

今日は旧白州次郎・正子邸「武相荘」に行ってきた(http://www.buaiso.com/index.html)。

以前から行こう行こうと思っていた。

比較的近所(小田急線の駅で4つ隣りの距離)なので気楽に行ける距離であるが、初めて出かけた。

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最寄り駅の鶴川でおり徒歩15分程度で白州邸である。鶴川に降りるのは高校生以来だから約25年ぶりくらいだ。

鶴川も私が高校生の時は本当に田舎(良い意味で)だったが、すっかり変わった。

白州邸を訪れると多くの見学の方が来ている。年齢層は40以上の方が大半だ。

白州次郎と白州正子どちらのファンだろうか?

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白州邸を訪れて思うのはやはり日本建築は良いと言うことが再発見できる。

白州次郎がこの家を購入したときは当時としてごく普通の農家の家であったと書かれている。たぶん本当だろう。

高校生の時でも、町田も含めて昔はこの辺は本当に田舎だったので土地が非常に安かったことは私も知っている。

白州次郎が購入した時はさらに30年前位だからもっと安いはずだ。

それだけに庭は広い。今日は天気に恵まれたので邸宅内の庭や木が大変美しく輝いている。

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白州邸の中は当時の食器や書棚などがそのままの雰囲気で残されているが、やはり一般人とは大きく異なる生活が垣間見れる。

室内の展示品は写真撮影が禁止なので掲載できないが、刺激を受けて影響されるものが多く置かれている。

価値のある本物を長く大切に使うと言う感じだ。

居間のテーブルには1946年10月のVOGUEの雑誌が置かれ、ブイヤベースなどが食事として食されている。

日本国の要人として活躍し、ケンブリッジ大学で英国仕込み圧倒的英語力と信念を貫く姿勢は凄いと思う。

マッカーサーの部下であるWhitneyWhitneyに宛てた有名な「ジープ・ウェイ・レター」往復書簡の文書と資料はこのWEBで見れる(http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/080shoshi.html)。

今の現在であっても、これだけの文書をしかも英文を書ける日本人はどれだけいるだろうか?

なお、あまり知られていないようだが、白州次郎の父親もアメリカのハーバード大学で学び、その後ドイツのボン大学で学んでいる。

白州正子もアメリカに留学している。

今の日本もそうだが、やはり日本じゃろくな教育は受けれないし、島国根性が植えつけられる環境だね。

キューバの英雄故チェ・ゲバラが日本に来たときも、ゲバラは、なぜ日本人がアメリカの奴隷のようになっているのに日本人は何も言わないのか不思議がっていたようだ。

結局白州次郎が言うように、植民地根性が日本人から抜けないのだ。

そう言えば、最近NHKで3回に渡りドラマが放映されたが、この鶴川の白州邸ではなく茨城の筑波でこの鶴川の邸宅を再現し撮影されたようだ。

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=HSCI Takanari Hashimoto(URL:http://hsc-i.com/)=

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